
@サロン癒しナビ > お肌の健康について > 知らないでは済まされないお化粧のこと
化粧の歴史は、時代とともに徐々に発展していきます。特に、ポイントとなった時期は、明治の文明開化の頃と言われています。この時代、西洋から新しい化粧品が入ってきたのです。これらは、現代使用されている化粧品の原型とも言われています。
化粧品の中の代表とも言える、口紅や、マニキュアなどが登場したのは、この時代になります。また、白粉化粧に関しては、鉛の毒性が社会的に問題になり、江戸時代に使用されていた鉛白粉は姿を消します。その代わりとして無鉛白粉というものが、販売されるようになりました。この無鉛白粉が販売されるようになった時期の前後に、西欧から肉色白粉や肌色白粉が輸入されました。同時に、日本国内でも黄色や肌色などが販売されました。
化粧が、文化と関わってきたことの象徴に、身分をしるす化粧の方法がありました。色白粉と呼ばれていたものは、上流階級で、且つ教養のある女性たちが始めに使い始めたと言われています。結婚している人と、していない人を見分けることにも化粧は利用されています。明治時代は、西洋からの化粧の影響がもっとも大きかったといえるでしょう。また、実際に使用することで、化粧が理解され、具体的な方法などが編み出されてきました。
化粧に関わらず、時代が進化していった時代、日本人は西洋の文化に多大なる影響を受けました。特に大正時代になると、上流階級の中心とも言えた西欧風の化粧が、一般にも徐々に広まりはじめました。
化粧は、そののちに日本独自の近代化粧として発達していきました。大正デモクラシーの思想とは、文学や教養だけでなく、化粧業界にも莫大な影響を及ぼしました。この時期、どんどんと新製品の開発なども行われ、大衆化していきます。だんだんと、偏った意識や、風潮が消えていったのもこの頃です。女性が当たり前にするものとして、受け入れられていきました。
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